法蔵菩薩
浄土の法門は、法蔵菩薩の法門である。念佛の安心は、法蔵菩薩所修の安心である。小生も初めのうちは、近代の教育を受けたものとして、浄土とか法蔵菩薩とか、どうにも素直に受け入れられない。
浄土はまだしも、極楽無為涅槃界とあるのでいいとして、法蔵菩薩の物語は、五劫とか十劫とか、明らかにファンタジーそのものではないか、これはちとお伽話に過ぎないのではないか。
地獄極楽は本当にあるものでしょうか聞かせておくれ。
ただ渡世をするために、無いことを有るように教えていられるのでなかろうかと思うてならぬから御尋ねするのぢゃ。
この疑いを経て後に決定せる往生一定の安心は、ただこれ、法蔵菩薩所修の安心である。
確かに、法蔵菩薩は我々の歴史世界に存在していない、そういう意味では架空の存在である。では安心を決定すればその実在を信じられるようになるかといえばそんなことはなく、ただ安心の重要な構成要素として、いやむしろ、安心のすべてとして、それと知られるのである。
歴史的事実が宗教的事実になることはあるかもしれないが、宗教的事実が歴史的事実になることはない。法蔵菩薩の本願の物語は初めから宗教的事実であって歴史的事実ではない。歴史的事実になることもない。ただ念佛者の生死の苦悩が消えるだけである。
念仏申す機は 生まれつきのままにて申すなり
自見之覚悟
全以自見之覚悟、莫乱他力之宗旨。
まったく自見の覚悟をもって、他力の宗旨を乱ることなかれ。
「自見之覚悟」とはこのブログに書き散らかしているようなことを言う。「先師」にしろ「相続」にしろ「有縁の知識」にしろ、小生の解釈の方が正しいのではないかと思うのであるが、ただし、これが浄土真宗だと主張することはないので、他力の宗旨を乱すことにはならないだろうと思う。
告白しておくが、真宗の聖教や語録には多大な影響を受け、寺院の方々にもお世話になったりしたのだが、残念ながら真宗の信心を獲得することができなかった小生は、浄土真宗の謂わば脱落者である。すみませんでした。
とにかく、真宗の人ではない小生では「他力の宗旨」を乱しようがなく、自見の覚悟を遠慮なく披瀝するわけである。ちなみに小生の安心は鎮西でも西山でもなく、まさしく尼入道の無智のともがら、何宗ともなき念佛者である。
これ以上は智者のふるまいになるだろうからそろそろやめた方がいいのかなとも思うが、歎異抄についてはまだ不審と言うべきことがあるので、またおいおい書いていきたいと思う。
有縁知識
幸不依有縁知識者、争得入易行一門哉。
幸ひに有縁の知識によらずんば、いかでか易行の一門に入ることを得んや。
さてこの「有縁の知識」は、実に問題のあるところだと思う。例えば、浄土真宗を自称する、浄財集めを目的としたカルト会なる詐欺教団があるとして、その会員にとっては、その会長は、まさに有縁の知識であるだろうからである。
よってこれは、念佛に志ある人にとって縁がある師という意味ではないと思う。「知識」とは故親鸞聖人のことであろうが、しかし、我々にとって、故聖人が縁のある知識ということではなく、故聖人が、そういう縁を持っておられる知識だということ、つまり何が言いたいかというと、大師聖人と敬われ、大勢至菩薩とも仰がれた、かの偉大なる元祖に縁のある親鸞聖人という意味だということである。
智慧光のちからより
本師源空あらはれて
浄土真宗をひらきつつ
選択本願のべたまふ
故親鸞聖人にとって、そして歎異抄の著者にとって、浄土真宗をひらいたのは本師源空、すなわち元祖大師なのである。その元祖の口伝の直弟子、それが親鸞聖人である。有縁の知識とはそういうことなのであって、決して高名な僧侶とか、カルト会の会長などではないのである。
後学相続之疑惑
思有後学相続之疑惑
後学相続の疑惑有ることを思ふに
ネット上にある幾つかの現代語訳を読むと、相続を相承の意味で訳してあるか、無視しているかのどちらかであり、これが不満である。浄土門で相続といえば、念佛相続の意味ではないのか、というのが素人の愚見である。
相続、という言葉は、遺産を相続する、受け継ぐといった具合に使われますが、この場合の相続は、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏とお念仏を絶やすことなく、称え続ける、ということになります。
決定の信なきゆゑに
念相続せざるなり
念相続せざるゆゑ
決定の信をえざるなり
また、「後学相続之疑惑」とこの前にある「先師口伝之真信」とは対句であって、
先師 - 後学
口伝之真信 - 相続之疑惑
というふうに対応しており、要するに、後学とは、歎異抄の著者より後の未来の念佛者のことであり、相続の疑惑とは、念佛申すについての疑いや惑い、疑問困惑のことである。
教えを受け継ぐとかいう意味はない、と小生は思う。
先師口伝之真信
歎異先師口伝之真信
先師の口伝の真信に異なることを歎き
これは単に親鸞聖人からの口伝の信心という意味ではなく、親鸞聖人の時点で既に口伝の信心であると思う。つまり、親鸞聖人から伝えられた著者の信心ではなく、親鸞聖人に伝えられた親鸞聖人の信心、という意味であろう。では親鸞聖人はそもそも誰から口伝を受けたのか。それは、大勢至菩薩元祖法然上人の他に誰人がいるであろうか、いやない。
というようなことを考えていたら、
増谷文雄という先生の『歎異抄』によりますと「一応なる程唯円にとって、亡くなられた先師、即ち親鸞の口伝えの信ということであるが、親鸞聖人にとってはその師法然上人のいわゆる先師口伝の真信である。つまり、ただ親鸞聖人が伝えられたということでなしに、法然上人から親鸞聖人に口伝えされ、更に親鸞聖人から唯円に伝えられた真信なのだ」という意味のことが出ております。
とある。
増谷先生の本は若い頃に読んだ覚えがある。しかし、「故親鸞聖人御物語之趣」と同じ序の中にあるので、この「先師」は、法然上人を示さないのではないかと考えていたところ、気になって先師の意味を調べてみると、
とあり、これなら元祖を示していたとしてもおかしくはない。
あらあら調べてみると、真宗の聖教の中で、「先師」の用例はこの歎異抄の二件だけであるようである。
歎異抄(序と第十二条)
歎異先師口伝之真信
つつしんでおそるべし、先師の御こころにそむくことを。
まず、後者の文脈から、元祖のみを指すことはあり得ないだろう。では親鸞聖人のみを指すのだろうか。どうも小生には、表現を変えて区別してあるように思えるのである。この第十二条、二回も証文を引いてある。これが元祖がらみである。そして故聖人の言葉に続く。つまり、「先師」とあるときには、元祖と親鸞聖人とを二つながら指しているのではないかと、思うわけである。
ということで、先師口伝の真信とは、元祖から親鸞聖人への口伝の信心と、親鸞聖人から歎異抄著者への口伝の信心という、二重の意味があると思うのである。
ちなみに、上のサイトにある、
しかしながらそれを更に遡って考えるならば、法然という人の真信もまた、いわば先師口伝の真信であったわけです。歴史的に、あるいは事実として法然上人の書かれた『選択集』その他の著書にありますように、この法然をして本当に法然たらしめたのは善導大師というお人でございます。この人は今から千五百年程前の唐の時代の浄土門の高僧でした。その人から源信という人を経て口伝されたものである。それが先師口伝となるわけです。
というこれはおかしいと思う。文字で伝わるものは口伝とは言わない。したがってこの場合の口伝とは、親鸞聖人と歎異抄の著者のみであって、法然上人の信心や歎異抄を読んでいる者の信心は、口伝とは言わないのである。
竊
歎異抄について、幾ばくかの不審があるので書いておく。そもそもこの聖教は真宗の有名な聖教の一つなのだが、元祖和順大師法然上人を第一の祖師と仰ぐ者にとっても大切な聖教の一つである。
竊回愚案 ひそかにぐあんをめぐらして
竊かに以みれば
竊に計れば
竊に以みれば
この時代の定型句なのか、それとも歎異抄の著者が先達に倣ったのか、よくわからないが、少なくとも、歎異抄の大枠の構成が、教行証文類をほぼ模しているのは確かであろうと思われる。
この短い書は以下のような構成からなる。
- 顕浄土真実教行証文類序「総序」と通称される。
- 顕浄土真実教文類一「教巻」と通称される。
顕浄土真実行文類二「行巻」と通称される。巻末に「正信念仏偈」(「正信偈」)と呼ばれる偈頌が置かれる。- 顕浄土真実信文類序「顕浄土真実信文類三」の前に「別序」と通称される序文が置かれる。
顕浄土真実信文類三「別序」を含めて「信巻」と通称される。- 顕浄土真実証文類四「証巻」と通称される。
顕浄土真仏土文類五「真仏土巻」と通称される。
顕浄土方便化身土文類六「化身土巻」と通称される。 「化身土巻」は「本」と「末」からなる。- 巻末の「竊かに以みれば聖道の諸教は行証久しく廃れ浄土の真宗は証道いま盛なり」以降の部分は「後序」と呼ばれる。
つまり、この著者は、親鸞聖人の御門弟の中でも、教行証文類を読むことのできた数少ない中の一人であったと思うのである。
そしてまた思う。著者は一人ではないのではないかと。筆をとったのは一人であろうけれども、その内容は、一室の同心行者の仲間と整備したのではないかと、なんとなく思うのである。これは一応は第二条からの連想であるが、真宗に対する小生の勝手な印象からではある。
六決定
五決定を以って往生す。と言われている。
法然教学の研究 /第二篇/第三章 法然聖人の信心論/第三節 深心の意義 - 本願力回向
一弥陀本願決定也、二釈迦所説決定也、三諸仏証誠決定也、四善導教釈決定也、五吾等信心決定也。以此義故往生決定也云云
小生はこれに、元祖立宗決定を加えて、六決定とする。
無量寿経には、一向専念無量寿佛、とある。善導大師の御釈には、一向専称弥陀佛名、あるいは、一心専念弥陀名号、とある。しかし、これらの経釈をもとに、ただ一向に念佛すべし、と言って一宗を立てたのは、元祖和順大師法然房源空上人であった。
ここに佛教史は覆され、小生如き者にまでその恩恵が齎されることとなった。よって、元祖立宗決定、というわけである。