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変的論

主に宗教・佛教・浄土門についてのささやかな見解

機法一体

機法一体とは何ですか?

浄土教における「機法一体」について

 

機法一体という言葉を知ったのは、安心決定鈔からだったと思う。

浄土門にあって、浄土門の色合いが薄いこの言葉によって、当時、神話的表現に多少の抵抗があった自分にとって、とても助かったのだと今さらながら思う。

 

機法一体。およそ宗教の安心ならば、宗派の別に依らず、この言葉によって端的に表せるものではないだろうか。

 

これは西山派の功績であり、元祖上人の御法語にはないものである。ただ、元祖の御法語の中にそれっぽいものがないわけではない。曰く、

 

月影の いたらぬ里は なけれども 眺むる人の 心にぞすむ

 

往生は称名なり、称名は正覚の業なり 

 

異論は認める。というか、こちらが異論なので、認めて欲しいところである。

 

ただ小生の思うところ、これは浄土門の安心の連続面を端的に表現してはいるが、断絶面を表してはいない。いわゆる二種深信のうちの、法の深信を表していると思うのである。